マンション管理組合運営において多い居住者間トラブルに「騒音・生活音」があります。
国土交通省が定期的に実施するマンション総合調査でも、居住者間の騒音に起因するトラブルは常に管理組合の悩みの種です。
騒音で一番多いのは「子供の足音や飛び跳ねる音」「ペットの足音」などであり、たいていの場合、下階の居住者が被害者、上階が加害者という構図ができ上がります。
他にも楽器の音やドアの開閉音、深夜のステレオ音など様々な生活音に起因する問題がありますが、そのほとんどは解決が困難なばかりか、最悪なケースでは傷害事件に発展したり弁護士まで巻き込んで法廷にまで持ち込んだ挙句、どちらか一方が退去するまで解決しないほど、厄介な問題です。
理事会役員の皆さん、そして管理会社フロントマンの皆さん、居住者の騒音トラブル対応で悩んだことはありませんか?
実は筆者も過去(管理会社勤務時代、マンション管理士時代)に居住者間における生活音についての相談を多数受けてきました。
そして自身もマンション暮らしであり、やんちゃな息子を抱え下階の居住者に迷惑をかけている立場として、両者の気持ちは良く理解できます。
例えば、もしあなたのお部屋の上階に親戚(子供夫婦や兄弟の家族など)が住んでいて、孫やおい・めいが走り回る音がしても、「○○ちゃんは元気だな、仕方ないな」と温かい目で見るはずです。
そこには生活音トラブルどころか親族の健やかな成長に微笑む姿すら想像できます。
しかし、これが他人様の子供が出した音の場合はどうでしょうか?
「また、あのガキか、ここのところ毎日だな。いつか説教してやる」と相手方に敵意を持ち始め、段々とエスカレートしていく方もいるでしょう。
突然上階へ怒鳴り込んだり、感情に任せた手紙を送ったり、音のする時間帯を毎日正確に記録しはじめたり、逆に棒などで天井を突っついたり、、、
どうして同じ「生活音」なのに、受けた人の対応がここまで異なるのでしょうか?
生活音問題は「感情公害」と言われています。つまり、音を出す相手方が「見えない」ことによって、音の発生源を「感情的に悪く」捉え、相手=敵になり被害者意識が高まる、と言うものです。
生活音の出し手と受け手の関係が希薄であればあるほど、生活音は迷惑音になり、騒音となり、受け手は出し手に対し敵意を持ち始め、クレームやトラブルへと発展するのです。
アメリカでは、この「民間人同士のトラブルを地域のボランティア機関が調停する」ような組織があります。地域の住民が持ち回りでこの役を買い、必要なトレーニングを受けた上で調停に入るのです。
この制度のおかげで訴訟や事件になる前に両者が気持ちよく和解するケースが多いと聞きます。これは人種の坩堝(るつぼ)であるアメリカならではの知恵でしょう。
一方、日本では長らくムラ社会の中で譲り合いや忍耐の精神が浸透していました。
また建物も一戸建てか長屋が多く、集合住宅も木造アパートのような「音がして当たり前」のものばかりでしたので、他人の音に対して寛容であったと言えます。
しかしながら、近年のマンションブームと「鉄筋コンクリートの壁に囲まれた静かな生活」を謳ってきたマンションを販売してきたデベロッパーや不動産仲介業者による安易な説明、西欧から持ち込まれた「個人主義」が間違った形で浸透していった昨今では、他人の出す音に対して敏感にならざるを得ないようです。
そしてアメリカのような騒音トラブルに対する「受け皿」的な機関が存在しない日本においては、生活音の被害者はいきなり行政や警察、弁護士等へ相談を持ち込むことになります。
すると音を出した人からは「言いつけられた」「大した音は出していない」「相手が神経質なだけだ」とネガティブな感情になり、むしろ自分こそ被害者である、と対決姿勢を強めていきます。
だからマンション居住者間の生活音問題は解決しづらいのです。
では、管理組合としてはどのように対処すべきでしょうか?
まず、生活音に関するトラブルは「感情公害」であるため、残念ながら完全なる問題解決の方法はありません。
もし居住者から音に関するクレームや相談が管理組合へ上がった場合、両者の感情が拡大しないうちに「面会の場を作る」、そして理事会(の中でも一番人徳があるとか、ファシリテーション(合意形成)能力がある方)が調整し仲介するのが現実的です。
この調整の目的は、「お互いに相手のこと(家族構成や生活スタイル・活動時間等)を知ってもらい、身近な存在にさせること」そして「お互いに相手に心の配慮の気持ちを持つこと」を理解してもらうことです。
先ほどの話で、上下階が親族で住んでいたら決して起こらないトラブルですから、親族まではいかなくとも、顔を合わせたら笑顔で挨拶できる関係になってしまうことが一番です。
そして、お互いに「気になる音」を一致させることも重要です。ここで大切なのは、先に「音源を特定」しようとすると、発生者はネガティブなままでは弱いところを見せたくないために「知らない」「音は出していない」と違う回答をしてしまうでしょう。
ですから、先に「感情的な歩み寄り」を心がけた上で具体的な音について確認しあうことです。この順番を間違えないでください。
では、ここまでトライしても両者が折り合おうとしないときはどうするか?
もちろん正解などありませんが、私なら冷静にこう言います。
「我々理事会が誠実に歩み寄りを求めてもこのまま両者が折り合わないのでしたら、あとは感知しません。弁護士等へ相談して納得いくまで戦って下さい。ただしこの戦いには絶対に解決の道はありません。弁護士に訴訟費用で100万円単位をつぎ込んで勝訴しても、目の前の方からお金を取ることができるくらいで、上下間の関係は一層険悪となるだけでしょう。最悪の場合、どちらかが退去するか事件になることもあるそうです。それでも良いのですね?」
いわば、理事会からの最後通告です。脅しかもしれません。
しかし私は両者に目を覚ましてもらいたくて、敢えて言うこともあります。マンションの近隣同士、仲良くやる前提で話し合いましょうよ、と。
管理組合(理事会)としてここまでトライしてもダメだった場合、後は天に委ねるしかありません。両者が管理組合のここまでの誠意に感じ入り、自分たちが歩み寄らなければ解決しないと思ってもらえば善し。歩みよらなければ、あとは両者が歩み寄れる日が来ることを祈りましょう。
もちろん、「隣人同士の問題は管理組合としてタッチしない」とするマンションもあるでしょう。理事会役員の皆さんも仕事にプライベートに忙しいでしょうから、その気持ちもわかりますし、そもそも管理組合の業務に居住者間の仲裁は含まれていません。
どこまで関わるかはあらかじめ管理組合で話し合っておくと良いでしょう。
上述のとおり、生活音に関するトラブルは「感情公害」であるため、残念ながら完全なる問題解決の方法はありません。
そこで私からの提案は、「生活音トラブルが起こらないように予防する」です。
現に居住している方々には普段から
「コンクリート壁でも音は十分伝わるもの」
「ある程度の音は許容すること」
「普段から近隣住戸と交流を持っておけば生活音も気にならなくなること」
と啓蒙しましょう。
チラシを掲示するも善し、たまにエレベーターに貼るも善し、全戸は配布するも善し。さらには総会議案書へ一枚貼付するも善しです。しつこい広報を心がけて下さい。
そして、まさに予防的な観点で言えば、これから入居してくる新規居住者に対しても、入口(つまり入居前)で啓蒙することが重要です。
つまり新規入居者に対し、管理組合として次のようなことを周知徹底させるのです。
・入居時の近隣住戸(上下左右4軒、もっと言えば斜めも入れて8軒)への挨拶回り
・近隣住戸に対しては自ら家族構成をオープンにしてしまう(やんちゃな幼児・ピアノ熱心な子供・帰宅が夜遅いご主人など、生活パターンを相手に認識してもらう)
・たまには「うるさくありませんか?」と近隣住戸へ積極的に声をかける(人は「自分を意識してもらっている」ことに満足する)
・イベント毎のあいさつ回り(帰省や旅行に出かけたらちょっとしたお土産を買って帰る)
・もし近隣からクレームが着たら、とにかくすぐに対応する。(謝罪・対応・報告。人は相手の対応が遅いと、時間の経過と共にマイナス思考=感情的になる)
強制はできませんが、強いオススメはできるはずです。
新規入居者の多くは
・分譲マンション暮らしは初めてである
・不動産仲介業者からマンション生活に関する情報を仕入れていない
・管理会社も啓蒙してくれていない
という状況で入居してくることを念頭において、予防することが重要です。
最後に、マンションにおける騒音(生活音)トラブルは時代の流れと共に今後も増えることでしょう。しかし普段からのコミュニケーションと予防によって、あなたのマンションでは激減させることができます。ぜひトライして下さい。
なお、当社では「新規入居者向けのルール・マナー説明サービス」を行っています。自分たち管理組合ではなかなか難しいと感じましたら一度ご相談下さい。
※参考文献:
橋本典久「2階で子供を走らせるなっ!(近隣トラブルは感情公害)」
光文社新書 2008年