2000年初頭に「マンション管理組合(分譲マンション区分所有者の集まり)のアドバイザー」として、「理事会(管理組合の執行部)のコンサルタント」として、「管理会社に対するセカンドオピニオン」として、マンション管理士が国家資格として誕生して20年。
資格試験はそれなりに難しいのに(合格率:約7~8%)、マンション管理士として独立起業しようとする者の9割以上が専業で飯が食えていない根本的な理由を4つ、そしてここに来てますます仕事が減ってしまう「5つめの新たな背景」を考えてみます。
弁護士や税理士、司法書士、行政書士、宅地建物取引士、、、彼らには「彼らの資格をもっていないと有償で受けることができない」仕事があります。資格取得=活躍の場が法律によって守られています。
しかし、マンション管理士は「資格者にしかできない仕事」が存在しません。マンション管理士を名乗らなくても「マンション管理組合のアドバイザー」や「理事会のコンサルタント」「セカンドオピニオン」の仕事を有償で受けることができます。
資格がなくても管理組合から有償で仕事が受けられるなら、必要なのは「管理組合にアドバイスするための実務経験や知識」「課題解決能力」そして「管理組合へ自己を売り込む力(営業力)」ということになります。
上記1.のように、マンション管理組合のアドバイザーとして食べていくためには「資格の有無」より「業界の知識・経験」つまり「管理組合の課題を解決するための基礎体力」が必要です。
しかし、この基礎体力を鍛える場がマンション管理士にはありません。資格試験に合格するための方法は参考書や塾など多数ありますが、受かった後に力をつけるための場がありません。例えるなら、タクシー運転手の免許を取得しても、クルマに乗る機会がなければいつまで立っても運転技術が向上せず、そんなペーパードライバーにお金を払って運んでもらいたくないのと同じです。
一方で、管理会社は、一部の自主管理(管理会社が入っていない)マンションを除き、管理組合にとって以下のような「自分たちが単独かつ継続的に実施することが困難な仕事」を受注することが新築時からの当たり前になっています。
・会計や出納(管理費等の徴収や滞納者への督促など)
・建物や設備のメンテナンスや修繕工事に関する支援
・理事会や総会の支援
・資料や書類の保管や管理
・管理員や清掃員・コンシェルジェ・警備員などの派遣(現地業務)
・緊急時の対応
管理会社は管理組合にとって「これらの業務を引き受けてくれる、無くてはならない存在」であり、会社として管理業の免許を取得することで上記の業務を実質的に独占しています。
管理会社に就職し、複数のマンション管理組合を担当し、これらの業務を担うことで「活きた」知識・経験がどんどん身についていきます。管理会社のマンション担当者に、マンション管理士が「活きた」専門知識や実務経験で勝つことはなかなか大変です。
せっかく管理組合から仕事を受注しても、管理会社の担当者に「マンション管理士は知識経験がなくて使えない」「ただ会合の場に座っているだけで何もしていない」「知ったかぶりして管理会社に指示してくるのいい加減にしろ」と嫌われて、顧客である管理組合(理事会役員)から「管理会社のアドバイスだけで十分かも」と思われたら、「アドバイスで飯を食う」仕事だけに契約の更新はありません。
上記1.の「独占業務」がなくても、2.の「活きた知識・経験」があり、管理組合の運営に関するアドバイスが管理会社のそれより頼もしければ、管理組合から一般的に「顧問契約」と呼ばれるようなアドバイザリー契約の受注に繋がります。
この観点でいくと、マンション管理士として独立起業している方の多くが「管理会社への就業経験」を経ているか、管理会社の担当者が比較的弱い「法律知識を持つ他の士業(行政書士など)」や「修繕工事に関する経験(一級建築士など)」の経験を武器にすることで、管理組合へ「活きた知識や経験」を提供することになります。
しかし、管理組合へ自己の活きた知識や経験をアピールし、仕事を受注するためには、営業力が必要です。
営業力は大きく
1)そもそも世の中に自分の存在を知ってもらうこと(広義の営業)
2)管理組合へ直接アピールして買ってもらうこと(狭義の営業)
の2つがあります。
1)はWEB(ホームページやブログ・SNS・YouTubeなど動画配信)の制作・運用コストがほぼ0円と本人のやる気次第でできる時代ですが、ITに後れを取る年代にはしんどいでしょう。
また2)は、これはマンション管理士に限らず経営者の全員に必要な「仕事を取ってくる」能力であり、これがないともう話になりません。
マンション管理士の資格をもち、2.3.をクリアしたとして、最後の課題は「顧客数」もっというと「顕在顧客数」です。
日本全国に約11万の管理組合(=顧客になり得る母数)があると仮定し、そのすべてが管理会社のみでは解決できない課題(または管理会社のサービスそのものが課題)があります。これは断言できます。どんな会社にも経営課題があるように、どんなマンションにも潜在的には必ず課題があります。
しかし、これらはあくまで「潜在的な課題」であり、顧客である管理組合(所属するマンションオーナーの一人ひとり)に課題意識がありません。
管理会社のようなニーズ商品(ないと困るサービス)であれば、消極的・受動的であっても導入し消費しますが、マンション管理士が提供すべき「アドバイス・課題解決」というサービスはウォンツ商品(あればなお嬉しいが、なくても致命的に困ることがないサービス)であり、顧客に課題意識がない状態であれば、そもそもマンション管理士を活用する動機が薄く、存在すらしらない区分所有者もかなり多いでしょう。全区分所有者の9割は「マンション管理士って何?」状態でしょう。
マンション管理士に取って最大の敵は「潜在顧客が眠ったまま=無関心」ということです。管理組合はPTAや町内会と同じく、そこに属する構成員(パパ・ママや地域住民)に課題意識や関心がなければ、課題がない=仕事もないのと同じです。
日本にある分譲マンション(管理組合)が11万、そのうち課題が顕在化しているのが1%とすれば、マンション管理士の存在に目が行くのは1,100管理組合しかありません。
これらの多くが首都圏と近畿圏・中京圏に集中しています。その中でも僕の感覚では、大阪・名古屋の地域はまだ「助言に対し継続的にお金を払う文化が薄い」「コンサルタントは怪しい存在と見られる」傾向を感じています。さらにマンションの絶対数が少ない地方都市でマンション管理士として独立起業するのは、至難の業と言って良いのではないでしょうか。
首都圏ではマンションの絶対数が多いだけでなく、管理に関する情報発信が行政・メディアを中心にかなり多く、マンションオーナーが課題意識を持ちやすい環境にあります。僕はたまたま生まれ育ちが首都圏だったことがラッキーでした。
そしてここに来て、マンション管理士の独立起業を阻む5つ目の新たな課題が発生しました。
マンション管理組合が持つ課題のうち、もっとも「見た目にわかりやすく(顕在化しやすい)」「管理会社に相談できない(セカンドオピニオンを活用したい)」ものとして「管理会社へ支払う報酬(管理委託費)の削減」つまりコストカットがあります。
平成時代の中頃から後半にかけて、日本は経済成長が止まり個人の所得が伸びない時期でした。そしてこの期間は、マンション管理士資格が世の中に出た2000年初頭以降)と一致します。この期間において、管理組合が管理会社へ支払う管理委託費の削減提案は「個人支出の間接的な削減(値上げの抑制)」につながり、かつ「成果が数字として非常にわかりやすい」ことから、マンション管理士にとって花形の仕事、と言っても良いものでした。僕自信も管理組合からたくさんのオファーを頂き、恐らく管理会社に恨まれながらコスト削減の成果をあげていきました。
しかし令和時代に入り、超高齢化社会を迎えて人材不足が顕在化し、さらに東京オリンピックやロシアによるウクライナへの軍事侵攻、コロナウイルス感染拡大などの要因により、ほぼすべての物価が大きく上昇する中で、管理会社の経営も平成時代に下がった管理委託費のままでは厳しくなり、大手・中堅を中心に多くの管理会社から「管理委託費の値上げ攻勢」が始まりました。値上げを受け入れなければ「撤退もやむ無し」という姿勢が明確になっています。これは明らかな暴利出ない限り、営利企業として当然の姿勢とも言えます。
管理委託費だけでなく共用部分の電気料や修繕工事費など、管理組合が支出するありとあらゆる支出が増加傾向にあるなかで、管理組合にとってはコスト削減はおろか「コストアップをどう最小化するか」が当面における重要課題であり、マンション管理士へ追加で報酬を支払って助言を得ることのモチベーションが一層下がっていると見るのが妥当でしょう。
マンション管理士にとって管理組合へ入っていく「わかりやすい入り口」であったコスト削減提案ができなくなったことで、このままではこれから独立起業しようとするマンション管理士にとっての活躍の場がますますシュリンクしていくでしょう。
以上が、マンション管理士の独立起業を阻む4+1の背景です。
では「マンション管理士は飯が食えない闇の資格なのか?」「独立起業は無理なのか?」について、次回以降で僕が考える「独立開業への道(希望と言ってよいでしょう)」について、自分が経営するマンション管理士事務所の取り組みなどと合わせて書きたいと思います。