過去に「無料相談」をご利用いただいたお客様から、2年ぶりに連絡がありました。今回のご相談の内容は、
「修繕積立金をただ貯めておくだけでなく、投資信託などで運用した方がよいか?」
昨今の物価上昇を受けて、同じような質問を頂く機会が増えているので、こちらのお客様への回答を元に説明させていただきます。
私(武居)はCFP®︎(ファイナンシャル・プランナー)の資格も持っていることを公表していますので、この手の相談を受けることは多く、アドバイスもしていますが、実際に「投資信託を購入している管理組合」は、今のところありません。理由のひとつは、法的・制度的なハードルの高さです。
まず、商品を購入するためには、管理組合として銀行や証券会社に投資口座を開設する必要があり、そのためには原則として法人化が求められます。
管理組合は法的に「任意団体」であり、責任能力が限定されているため、国債であっても購入は容易ではありませんでした。
一部では、今後任意団体である管理組合でも個人向け国債の購入が可能になるとの報道もありますが、現時点では運用商品の導入には依然として高いハードルが存在します。
仮に法的に可能であっても、修繕積立金を元本割れのリスクがある商品で運用するには、慎重なルール整備が不可欠です。
✅どんな時に、誰が判断してどのような商品を購入する?
←理事会で決める?
←専門家に助言を依頼する?
←購入可能な商品の種類を絞っておく?
✅価格が下がった時、どう対応する?
←一定割合以上の損失が出たら売却するよう、あらかじめ決めておく?
←〇年間は原則売らないと決めておく?
✅利益相反取引を防ぐためにはどうすればよい?
←証券会社や銀行勤務の役員は利益相反にならない?決議に参加できる?
←勤務先の商品販売のために判断が左右されないようにするには?
←他方、残りの素人理事だけで金融商品の購入判断ができるのか?
投資信託の場合、総じて手数料比率が高いため、短期間で売買を繰り返すとそのたびにコストがかさみ、長期運用の効果が損なわれてしまいます。
運用ルールを整備しておかないと、「景気が良いから買いたい」「不安だから売りたい」と、その時々の理事会の空気に流され、売買が頻繁に行われるおそれがあります。
結果として、資産を着実に増やすという本来の目的が果たせず、長期運用の意味が失われてしまうリスクがあります。
金融市場は変動が激しいため、総会はもちろん、理事会の決議を待っていては、「買いたい」「売りたい」と思ったタイミングで迅速に売買することができません。
そのため、売買のタイミングについては事前にルールを定め、状況に応じて自動的に行動できる運用体制を整えておく必要があります。
さらに、「これらのルール作りのための体制」を検討すること自体も、簡単な作業ではありません。
日々の管理業務に対応しなければならない理事会だけで検討を進めるのは負担が大きいため、別途、専門の委員会を設置する必要があるでしょう。
ここまでお話してきたとおり、管理組合が資産運用の一環として「投資信託」に取り組もうとする場合、乗り越えるべきハードルは少なくありません。
それでも挑戦を検討される組合の皆さまに向けて、マンション管理士兼CFP®︎(ファイナンシャル・プランナー)の視点から、日本の投資信託の特性と、選択時に考慮すべきポイントについてご紹介します。
日本の投資信託は、証券会社や銀行が自社の収益を目的に設定していることが多く、実際の運用責任者(マネージャー)が誰なのか明確でないケースがほとんどです。そのため、運用成績が期待に沿わない商品が多く見受けられるのが現状です。
また、個別の投資信託については運用成績が開示されていますが、業界全体を俯瞰できるような情報、たとえば
■設定後5年以上存続している割合
■10年以上継続している割合
■運用会社ごとの長期成績
などを比較できる公的なデータは存在せず、どの運用会社を信頼すべきかを判断することが非常に難しい実態があります。
さらに、毎年200本以上もの新しい投資信託が設定される一方で、その多くが数年以内に運用を終了しているのも、長期運用を前提とする管理組合にとっては注意すべき点です。
こうした背景をふまえると、管理組合による長期資産運用には、日経平均やTOPIXなどの指数に連動するインデックス型の投資信託、あるいはあらかじめ運用期間が設定されている商品を選択するのが現実的なアプローチと考えられます。
特にインデックス型商品は、次の点で管理組合に適しているといえます。
☑運用者に依存しない透明性
市場平均に連動する仕組みであるため、「誰が運用しているか」に左右されず、組織として安心して採用しやすい。
☑低コストで長期向き
運用に人の手がほとんどかからないため、手数料が低く、長期運用においてパフォーマンスへの影響が小さい。
☑過去実績の確認が容易
長期で継続している商品が多く、市場データと連動しているため、過去の運用実績も客観的に把握できる。
なお、インデックス型を活用する場合でも、運用をより健全に進めるためには、あらかじめ次のようなルールを細則で定めておくことをおすすめします。
■対象とするインデックス(例:日経平均、TOPIX、S&P500など)
■投資金額の上限(資産全体に対する割合)
■投資信託を入れ替える際の基準やタイミング
■売却時に一度に売却してよい割合
投資信託に比べてリスクが低く、とても導入しやすい選択肢として、「住宅金融支援機構のすまい・る債」の購入があります。
国の認可を受け発行される「すまい・る債」は、安心・安全な商品として多くの管理組合で採用されていますが、理論上は元本保証されていないので、その点についても正しく理解してもらえるよう購入についての議案を作成し、総会で反応を見てみることをおすすめします。
元本毀損商品への抵抗感は、総会の反対票に表れます。
相談のあった冒頭のマンションは60世帯ほどなので、全体の10%である5~6件以上の反対があるようであれば、「単なる一部の反対意見」としてではなく、「無視できない兆候」と受け止め、すまいる・債よりリスクの高い商品の購入には慎重になった方がいいでしょう。説明会を開催するなど、他の議案と異なり将来元本が毀損するようなことがあった時のためにも、多くの理解が必要です。
さもなければ、将来反対意見を持つ方が役員になった際に、購入当時の判断を巡って対立が生じるといったリスクが高まります。
修繕積立金の運用に興味を持つこと自体は、とても前向きな姿勢と言えます。今後の物価上昇や修繕コストの高騰に備える意味でも、資金の目減りを防ぐという考えは理に適っています。
ですが、実行に移すには商品の調査・運用ルールの策定・合意形成など、いくつものステップを丁寧に踏む必要があります。
ご興味のある管理組合様は、まずは「すまい・る債」など比較的リスクの低い商品から、検討されてみてはいかがでしょうか。