管理組合理事長さま、その他お客様各位
この度は本ページをご訪問頂き、誠にありがとうございます。
当事務所が今日まで存在し、私が今日まで生きているルーツについて、
思いつくままに記してみました。
長文、また駄文とは存じますが、是非ご一読頂ければ幸いです。
嘘のような本当の話。信じて頂けますか?
私が子供の頃から「マンション管理」に目覚めていた、マニア人間であったということを…
小学生低学年の頃、藤子・F・不二雄の「21エモン」という、21世紀の未来の日本を舞台にした漫画に夢中になりました。
未来の日本はすべての建物が超高層化されており、マンション群を縫うように空飛ぶ車が走るという、子供にとっては斬新なものでした。
私は未来の都市に夢と憧れを描いていたロマンチストでした。
ところが、高学年になると思考は現実化していたようです。
先日、20数年ぶりに小学校の卒業アルバムを開き、皆が「将来の夢」を寄せ合ったページに目が止まりました。
自分はこのとき何になりたかったのか?と未来の自分を探していると、なんと
「将来の夢 マンションの管理人」
と書いてあるではありませんか!
周りの子は「パイロット」「学校の先生」「花屋さん」と書いてあるのに、私は
「マンションの管理人」
その文字の上には、古めかしいマンションの前に立ち今の私を冷めた目で見ている「将来の私」がイラストされていました。
元々、実家は賃貸マンションの大家で父はアパマン経営で生計を立てていました。
そして、事業用ローンの返済をしつつも毎月安定した家賃収入を得ていました。
当時父は定職には就かず、朝ゆっくりと起きて新聞を読みふけり、夜は趣味の切手やコイン収集にいそしむ姿をずっと見てきました。
そんな「楽そうな」父を見て、「僕も大家になりたいな」と感じていたのだと思います。
それが卒業アルバムでは、大家が「管理人」になっていたのでした。
近未来のマンション群に憧れを持っていた私はどこへ(笑)
いずれにしても、当時はそのような夢がありました。また今思えば「マンション管理」に携わっていく自分が少年時代から潜在的にあったのかもしれません。
なお、当時の我が家はその賃貸マンションの1階にありましたが、上に住む賃借人の皆さんにはとても可愛がって頂き、このときマンションを通じたコミュニティの大切さが染み付いたのだと振り返っています。
中学・高校とマンションにかかわることはほとんど記憶にありませんが、この頃は父が老後にのんびり住みつつ人に賃貸するための土地を探しており、週末の度に茨城県の田舎へ連れて行かされました。
父からは当時はまだ土地神話が全盛期だったため、土地を安く買っておけば値上がるといった投機的な話が多かったですが、道中で不動産について話を聞いたり土地を見たりしているうちに、不動産への興味が沸いてきたのは事実です。
そして東京の大学に入り、2年時には宅地建物取引主任者を取得、当時20歳での取得は結構早かったほうでした。
その頃、兄が大手ディベロッパーへ入社して活躍する姿を見て、不動産業界への想いはますます強くなります。
ただしその動機は「楽して儲かるだろう」という不純かつ弱いものでした。
「これからは不動産の時代だ!」と盛り上がり、親の勧めで土地家屋調査士や測量士を取るべく参考書を買い込みました。
ところが、ステップアップとして測量士補の参考書に目を通した瞬間、数字の羅列に眩暈を覚え、、、結局途中で挫折しました。
以後10年間、数字アレルギーが続くことになります。
大学を卒業した頃は超氷河期と言われ同級生は就職に苦労していましたが、私は不動産業に焦点を合わせた活動をしており、幸いにも数社から内定をもらいました。
その中で不動産流通業を選び、大手ゼネコン系の中堅不動産会社へ入社します。
不動産流通業を簡単に言うと、仲介業となります。
中古不動産や土地の売りたい人と買いたい人とをつなげる仲人を有料で行う仕事です。
配属された営業所は都内の城南地域のとある駅前にあり、周辺は庶民的な住宅と工場が混じる地域、背後には高級な住宅街を控えていました。
23区内で不動産価格は高く、マーケットとして流通があったため、当然ながら競合各社も営業所を出しています。
ところで、仲介業の収益は仲介手数料のみで成り立っており、その額(手数料率)は法律で上限が決まっているため、一件当たりの売買金額が高ければそれだけ手数料も多く入ってきます。
当然ながら、儲けとしては一件当りの売買金額の高額な物件を仲介したくなります。
ところが、売買金額の高い高級住宅街の一戸建てや土地の仲介シェアは、「流通御三家」である三井リハウス・東急リバブル・住友不動産販売の3社に独占されており、私がいた会社にはほとんど問い合わせがありませんでした。
そのため、営業所の方針は「地元の中古マンションに特化した営業」となり、私もマンション仲介に走ります。
当時から頑固だった私は実務も接客も知らないのに、上司の言うことを聞かず売れると盲信しつづけた結果、同期30人の中で初契約が一番最後、という落ちこぼれ社員でした。
ちなみに、
これが、当時マンションの集合ポストへ投函していた
「売却予定の売主求む」チラシです。
これで問い合わせが来るはずもありませんが、必ずわかってくれるお客様はいる、と信じていました。
(数万枚のチラシを毎日撒き続け、すべてゴミになっていたと思うと環境に悪い男でした)
入社して5年弱、結果的にほぼ100%を中古マンションの仲介だけで売り上げてきましたが、これが結果的にマンション業界へ深い興味・関心を持つきっかけとなります。
ところで、仲介業に従事していた頃にどうしても不思議な点が2つありました。
一つは管理費と修繕積立金の内訳とその中身です。
例えばライオンズマンション○○(←地名)第1と第2とが、分譲年や外観、総戸数も同程度で近隣に建っていたとします。
そして、たまたまこの2つのマンションの同程度の階数、向き、内装の具合、専有面積の部屋が売りに出ていたとします。
ところが、どれも似通っている2つの物件なのに、管理費と修繕積立金の設定額が大きく異なるものを多く見てきました。
第1は管理費7,000円、修繕積立金18,000円なのに、第2は管理費20,000円、修繕積立金5,000円といった具合です。
そして各々の部屋が所属する管理組合の財政内容を見ると、修繕積立金の残高が第1が1億円に対し第2は3,000万円だったりと大きく異なるのです。
同じような背景で分譲されているのにどうしてこんなにも差が出るのだろう、と当時は不思議でした。
管理組合の組織力がこれらのコストや管理組合財政に影響するなどと全く分かりませんでしたし、仲介業の人間はマンション管理に関する知識をほとんど持ち合わせていません。
今でも元同僚や他社の営業マンと話をすると状況は変わっていないと感じます。
そして購入者もこのあたりのコストに対する関心がとても薄かったのです。
もう一つ不思議だったのは、上記のように管理費や修繕積立金の徴収額、管理組合の財政などに差のある2つのマンションでも売買価格はほとんど変らない、ということでした。
仲介業者が売却予定のマンションを査定する際、立地と築年数、向き、室内の内装などを重要ポイントにあげ、管理面は軽視していました。
中古マンションを購入するエンドユーザーも、管理面に全く関心のないことがその原因ですが、当時の私はマンション管理について素人なりにも「おかしいな」と疑問を持ち始めていました。
そして下記4)とあいまってマンション管理へ興味関心が傾いていき、管理業界への転職を決意することになったのです。
なお、仲介業は売主と買主の相反する希望の間を取り持つことで成り立つ仕事であり、売主買主双方の心理を学ぶと同時に、間で交渉入る際のバランス感覚を学ぶことができたのはとても大きな財産です。
上記マンション仲介業に従事した頃、父が大家をし1階に我が家のあった賃貸マンションは老朽化を向かえていました。
また、父が相続税対策を講じる必要に迫られたということもあり、所有する不動産を等価交換することになりました。
等価交換とは、所有する土地を売却(老朽化した建物は解体)して、その売却益を活用し買主(ディベロッパー)が建てた分譲マンションの何部屋かを買い戻すという、節税対策を目的とした一連の取引を言います。
この等価交換により、我が家があった賃貸マンションは約20戸のシングル~ファミリー向け分譲マンションに生まれ変わりました。
父はそのうち数戸を所有すると同時に、第1期の理事長に就任することとなります。
ところが分譲主(ディベロッパー)から提案された大手管理会社は、フロント担当者の対応が遅かったり態度が悪かったりで、父を筆頭に管理組合全体が大きな不満を持つようになります。
さらに、この管理会社は元々地主意識の抜けない父のプライドを逆撫でし続けていました。
最後には管理会社の対応に不満を持つ組合員を連れて、本社へ乗り込み上司へ不満をぶちまけました。
結局、この管理会社を1期目で早々に解約し、自主管理の道へ進むことになります。
この自主管理への移行を通じ、私は管理会社の問題点(サービスマインドやスピード感の欠如、不透明な管理委託費、各種メンテナンスにおける下請け孫請け企業への丸投げ構造etc)を消費者の目線で見ることができました。
またこの時、小規模であるために修繕積立金が貯まらない現状を考え、日常管理費の徹底したコスト削減に取り組みました。
父のふんどしを借りた、まさに裏理事長です。
エレベーター保守会社などをタウンページで調べ、地元の独立系保守会社へそれまでの3分の1の金額で発注したり、毎年実施予定の作業を隔年にしたりと、今思えば実務を知らないが故に相当思い切った行動(暴挙?)に出た形です。
結果的に、大手管理会社を解約したこともあいまって、結果的に大幅な管理費削減を達成しました。
このことはマンション管理業界に関する疑問の拡大と共に、同様の問題で困っている管理組合のサポートがビジネスになるのではないか、、、と目覚め始めた時期でした。
また、本件をきっかけに「小規模マンションを財政問題から救う方法」として、自主管理を勉強しました。
しかし管理組合運営の継続性やお金に関する透明性・公平性、管理組合情報の整理不足からくる非公開性など、コスト削減の裏側で様々な問題が内在することも見えてきます。
このときの学びが、現在では自主管理を希望する管理組合に対し、「一部業務の第三者への委託を前提条件とする自主管理」を推奨するバックボーンとなっています。
マンション管理に対する疑問や興味が段々と沸いてきて、それが沸点に達した27歳の冬、私は不動産仲介業からマンション管理業へ転職をします。
当時、管理会社への転職を賛成する人は一人もいませんでした。
仲介業の同僚や先輩が持つ管理会社のイメージは、
・「定時で留守番電話に切り替わるやる気のない業界」
・「スピードが遅い」
・「給料が安い」
・「使えない人間が行くお荷物業界」
といったものばかりでした。
マンション仲介業と管理業との接点は、仲介営業マンが売買契約前に買主へ報告する「重要事項説明書」の一部(管理面)について、管理会社へ内容を確認する時に発生します。
基本的に仲介営業マンはノルマを抱えスピード勝負です。
お客様である売主・買主が仕事をしている昼間は外出してサボり、夕方から夜中にかけてアクティブに動く行動パターンです。
その一方、管理会社の社員にはノルマがなくマイペースです。
問い合わせと言えば居住者からのクレームがほとんどのため、早ければ午後5時半に留守番テープを回しても業務に支障がないのです。
(実際は24時間緊急センターへ転送されています。)
このように、仲介業と管理業とでは体質や活動パターンが大きく異なります。
そのため、お互いの接点においてストレスが発生するのです。
仲介業時代に上司が電話越しに管理会社へ『重説(重要事項説明書)早く送れ!』怒鳴りつける場面を多く見ましたし、管理業時代に事務の女性が仲介営業マンから電話越しに怒鳴られ、慄いているのも多く見ました。
このように、仲介業から見れば管理業にはネガティブな印象しかないので、何故そのようなところへ転職するのか、と散々止められたものでした。
確かに管理業界の体質は大なり小なり外からのイメージと重なる点があります。
私が転職した大手管理会社は、親会社が新築マンションを次々と建て、その管理が自動的に受注できる「分譲(ディベロッパー)系」であったために、経営的には緩やかな右肩上がりでしたが大きな伸びはありません。また、この会社は業界では先進的でしたが、一般的な管理業界は安定した分だけ保守的な体質になりがちです。
管理会社で働くタイプとしては、リスクを犯してでも攻めるよりは堅実に守っていくほうが長続きする業界です。
さて、念願かなって管理会社に入りましたが、私には驚いたことが3つありました。
一つ目は、「社内でのルーチンワークと細かい数字の処理の多さ」です。
マンション管理は日々動いており、管理会社は建物が倒れるか管理委託契約が終了するまで同じ作業が半永久的に続きます。
大きなプロジェクトや一定期間中におけるノルマのようなものはなく、日々着実に業務を遂行する「堅実性」や「確実性」そして「忍耐」のようなものが求められる業界です。
1円単位でも慎重に処理する日々は、100万円単位の仲介手数料が一日で動き、かつ手数料だけが取り扱い金銭というシンプルな構造であった仲介業では考え付かないものでした。
次に驚いたのは、マンションの現場は管理員や清掃員、協力会社によって支えられている、ということです。
現場スタッフと共に汗を流すことで得るものが多く、本当に勉強になりました。
特に管理員は館内清掃で体に汗をかきながら、接客面で頭に汗をかく、バランス感覚が必要です。
様々な生活環境や性格の居住者に対し等しく快適さを感じてもらえるような接客を実践しなければならず、非常にデリケートな仕事であることを実感しました。
給料と心労の負担との比較でいえば、真剣に向き合えば向き合うほど「割に合わない仕事」です。
コミュニケーション力とバランス感覚、洞察力、体力、そして常に初心を保つ「振り返り力」がないと、長期間安定して務まらない仕事です。
幸いにも私が転職した管理会社は当時、管理員の採用から研修に至るまで非常に高い品質を保っており、他の管理会社が学びに来る程でしたので、担当していたマンション管理組合や居住者からはほとんど苦情がありませんでした。
また管理員は年齢的に私の親くらいの方が多く、業務上は私が上司であってもプライベートでは多くの薫陶を受けることができました。
この管理会社を退職した今でも、多くの管理員とお付き合いさせて頂いています。
管理を語る上で現場スタッフの存在は決して忘れてはならない、重要なファクターであることを今でも忘れたことはありません。
管理業界へ転職してさらに驚いたのは、管理組合・理事会が「他にはない変わった組織」である、ということです。
仲介業営業マン時代には、一度に接客するのは個人の売主か買主だけですから、一組でせいぜい夫婦2人であり、しかも同じベクトルを向いているためにニーズやウォンツを絞りやすく、比較的対応しやすかったのです。
ところが管理組合の場合、目的や性格の異なる他人同士で構成された理事会役員が、多ければ10人以上のメンバーで構成されます。
そのため、理事会などの会議の場では常に全体のバランスを考えた言動を意識しないと、会議がうまく機能しなくなります。
役員同士の軋轢が生まれたり担当者や管理会社に対するクレームへと発展する可能性が常にあります。
同じ理念・目的で組織される「企業等の法人や各種団体」とは異なり、管理組合はたまたま同じマンションを購入し住んでいる、という点だけでつながっています。
この「管理組合」という組織を継続的にサポートするためには、ある種独特のノウハウが必要です。
このノウハウを体で覚え実践できたことは何よりの財産になりましたし、今では管理組合運営のサポートに「面白さ」を感じています。
さて、この管理会社では主にフロント(マンション担当者)兼複数のフロントの上司として従事することで、管理会社の大まかな利益構造や各業務における人員配置、業務内容、考え方を概ねつかむことができました。
しかし大企業でかつ社員ごとに業務分担が明確であったために、本社業務の中心に入ることはできず、脳みその部分は不透明なままであり、管理業界を俯瞰的に見るにはまだまだ不足の状態で次の転機を迎えます。
さて、元々修行のつもりで入った私でしたが、マンション管理の面白さに目覚め、現場にのめり込んでいたある日、私が今までの人生で最も怒りをあらわにした出来事がありました。
それは、当時の上司に対して、私が担当していた管理組合の会計に「ゆとり会計」という概念を提案したい、と相談した時でした。
私の持論ですが、管理組合は居住者同士の交流増進や共用部分の美観向上・利便性アップなどの「未来への投資」にのみ積み立てて支出できる別会計を設け、確実に確保された資金から管理組合が積極的に活用できる仕組みを作るべきと考えます。
それに対し、現在のマンション管理においては、代々の理事会が規約の規定や他の区分所有者からの異論に気を遣いすぎることと、保守的な管理会社が彼らの視点で有益性の低い項目への支出という例外を歓迎しません。
各区分所有者から徴収した管理費や修繕積立金からは、建物を維持するための最低限の支出しか許されないような雰囲気になっています。
しかし居住者が共用部分を通じより快適に生活できることや、居住者間のコミュニティーを発展させることは、自分のマンションに愛着を持ったり興味関心が生まれたりし、最終的には管理組合として建物維持のために真剣に考える土壌ができるのではないか、と考えます。
そのための予算を一般会計から毎年捻出したりしなかったりするのではなく、新たな会計を設け資金を計画的に積み立て、管理組合がその範囲内で暮らしのゆとりを楽しむための投資を堂々とできる仕組みを提案したかったのです。
実際にそれを望んでいた理事会がありました。
ところが当時の上司の発した一言。
「そんなことしたら会社として仕事が増えるし、非効率的だから、ダメ」
これで私は人生で初めて「キレた」のでした。
「あなたはどっち向いて仕事をしているのですか?誰からお金をもらっているのですか!」と怒鳴っていました。
10分以上議論(と言うか喧嘩)となり、結局平行線のまま矛を収めましたが、その日は悔しくて眠れませんでした。
もちろん人間的にこの方が好きですが、この件を通じて管理業界が保守的でサービスマインドの低い業界であることを痛感し、次のステップへ進む時がきたと感じたものでした。
私はかつて描いていた「管理組合の立場に立ったコンサルタント」を目指すべく、管理会社から東京のとあるコンサルティング事務所へ転職します。
そこは、管理組合が管理会社へ支払っている「管理委託費」の『削減』をコンサルティングするベンチャー企業です。
管理会社の多くは、親会社である分譲会社(ディベロッパー)がマンションを建てると、自動的にそこの管理業務を受託できます。
そこには、お客様であるマンション購入者による管理会社の比較プロセスはありません。
マンションと管理会社はセット販売であり、完全な無競争状態で割高な管理委託費が設定されている可能性が高いのです。
またサービス品質も高いのか安いのかが購入者には見えません。
ここでは、管理委託費の妥当性に疑問を持った管理組合から相談を受け、内容を査定します。
査定の結果コストが割高であると断定できた場合、複数の同業他社から見積もりを取得すると同時に、下請け孫請けへの再委託によりマージンが多く発生する設備保守については専門会社からも見積を取り、余計なコストをカットしていきます。
競争原理を働かせ価格を下げる、という手法で管理委託費の削減をコンサルティングしていました。
この、マンション所有者が管理組合を結成した後も当たり前のように支払い続けるコストにメスを入れる、という作業は、今でこそ多くの企業やマンション管理士が同様のサービスを実施していますが、当時は斬新なサービスであり、管理業界の慣習に一石を投じることとなります。起業した社長の眼力は今でも尊敬しています。
管理委託費が複数の管理会社や専門会社間の競争見積により今までのの20~30%は当たり前のように削減でき、最大で50%以上削減できたこともありました。
私がかつて父の等価交換マンション(上述の 4) 参照)でイメージした
「困っているマンション管理組合のコンサルティング」
とはこれだったのだ!と、この時期は信じ、正直酔いしれている時期がありました。
その一方で、管理委託費の競争見積による大幅な削減は「管理会社が提供するサービス品質維持の限界」という課題を私に突きつけてきます。
当然ながら、管理委託費が下がっても提供されるサービスの品質も低下しては「安かろう悪かろう」になってしまいます。
当時、「コストと品質のバランス」を見極める「目」が私に養われていなかったことと、管理会社変更後の定期的なサポートがなかったことで、結果的に質の低い管理会社へ変更させる失敗も経験します。
この失敗を乗り越えるためには、自分が持つマンションに関する業界知識や実務経験をもっと高める必要があります。
また、マンションに関する知識経験が中途半端な状態では、管理費削減以外に管理組合が抱える幅広い悩み事に応えることができません。
そのため、自分の中で「マンションのことは何でも答えられて、俯瞰的な視野でアドバイスできる人間になりたい」との想いが日増しに強くなってきました。
この想いを果たすため、思い切ってもう一度管理会社へ入り一から学び直そうと決意し、転職から3年で東京の小規模管理会社へ再び転職したのでした。
実は管理費削減のコンサルティング会社に在籍していた頃、自分が住むマンションの理事長に就任する機会が巡ってきました。
かつて父が等価交換で区分所有するマンションの裏理事長を務めたことがありましたが、今度は自分が実際に所有するマンションですので、その重みが違います。
また管理業界の経験を積みながら管理組合目線でマンションを見ることができる、貴重な場でした。
さて、自宅マンションで理事長として1年、オブザーバー制度を作り自ら就任し1年の計2年、私は「自分のマンションを良くしたい想い」と、「管理組合の運営方法について色々と実験し学びとりたい」という両面の考えで精力的に活動していきます。
まず1年目の理事長時代には、
・ゼロから合意形成を重ね「確実に」管理組合員から承認を得る広報
・世代の異なる居住者との管理組合内での付き合い方
・管理組合イベントやサークル等のコミュニティ活動を成功させるコツ
(マーケティングや企画力、ストーリー性、参加者の役割分担)
・理事会や総会そのものの円滑な運営手法
・理事長としての「引き際」と「引継ぎ」の大切さ
・管理会社の効果的な活用方法
といった、実に多くの収穫がありました。
これらは実際に管理組合の真ん中で、そして一居住者としての視点を持って実践したもので、管理会社やコンサルタントのキャリアだけでは学べないことです。
そして、2年目のオブザーバー時代、私自身として最も大きな「痛みを伴う」収穫があります。
それは、
「マンション管理に詳しく熱心な所有者(特に組合内で権限や発言力を有する者)ほど、その熱意はエゴになりやすく、その言動は周囲からエゴと映りやすく、周りの理事や居住者から疑われたり嫌われる」
ということを、自ら失敗を通じて体験したことです。
1年目の理事長時代は、他の理事や区分所有者といかに協調し合意形成を重ねていくかに腐心していましたので、理事会活動における姿勢は謙虚に映っていたと思いますし、結果としてほぼすべての案件が思い通りに解決しました。
ところがオブザーバーとして理事会へ関与した2年目は、管理組合での活動を自身のキャリア積み上げの実験場として活用したい、という想いが強くなり、想いが「エゴ」となって少しずつ言動に表れていました。
残り任期が1年と短かったため、早く進めて結論を出したい、という焦りがあったのも事実です。
その結果、管理運営に関心の薄い他の理事会役員との間に情報格差を生んでしまい、その格差が情報の不透明さにつながり、最後は理事会役員の一部に自分の言動を疑われてしまったのです。
「深山は業者からワイロをもらっているのではないか?」とまで噂されましたし、総会でも私の想いが強く反映された議案はことごとく否決されました。
この時はっきりと悟りました。
マンション管理に熱心で、他の居住者と比べ豊富な知識を持ち、自分の想いを実現したい気持ちを強く持つ人ほど、陥りやすい罠があるということを。
私は自らその罠にはまりしっぺ返しを受けることで、合意形成の大切さやエゴの危険性、管理組合と言う特殊な集団の心理の移り変わりを学ぶことができました。
現在では、当所へお問い合わせ頂いた「多くのヒートアップしたお客様」への始めのアドバイスは「まずクールダウンしましょう」となっています(笑)。
「熱心で正しい見識と真っ直ぐな想いを持つ理事長」と、「無関心な理事会・居住者」との架け橋としての合意形成アドバイスが、実は実務面のコンサルティングと同等かそれ以上に大切だと言う確信は、この2年間の苦い経験により培われたものです。
マンション管理を更に一歩深めるため、そして自分を一から鍛えなおすために、管理費削減コンサルティング会社(上述の 6) 参照)から小規模マンション管理会社へ再転職しました。
ここで私はマンション管理の実務を深く勉強します。
仕事の仕組みが整いスタッフの業務が細分化された大規模管理会社( 前述 4)参照 )時代は、仕事量は比較的少なく楽だった半面、管理実務の勉強という意味においては限定的でした。
一方でこの小規模な管理会社では、ほとんどの実務作業を一人でこなさなければなりませんし、一人何役は当たり前です。
その上、業務の一つひとつがアナログで非効率であったため、大手と比べ同じ仕事をするのに2倍以上の時間と忍耐とを必要としました。
私はここでの1年半、
・社内業務の効率化(スピード化)
・新築マンション管理立ち上げ
・管理員等のスタッフ採用・定期研修
・リプレース営業
・会社webサイト作成
・協力会社開拓その他
といった、大手なら本社の専門スタッフが個別に行うべき業務をこなしました。
その上で更に、フロント担当者として個別にマンションを受け持ち、
・担当マンションに関する管理費滞納者への督促
(督促状作成、不良滞納者訪問…ヤクザに追われたこともあった!…)
・総会議案書作成(会計資料に至るまですべて!)
・共用部分の保険事故対応
・大規模修繕フォロー
など、大手管理会社なら専門部署が対応してくれる業務を全部自分で対応することになります。
その結果、管理会社では社長と経理以外のすべてを経験しました。
やり尽くした、という言葉がしっくりくるくらいです。あまりにも濃密な時間でした。
日々の激務と費やした時間、そしてストレスとをすべて受け入れた結果、私はマンション管理について大きな実務知識と社内業務、そして仕事を効率化(スピード化)する感覚、さらには自信と業界に対する謙虚さとを手に入れることができた、と確信しています。
今までのキャリアがいかに表面的で狭い範囲あったかを気付かせてくれましたし、仕事に対する甘さ(業界はこんなもの、という傲慢さ)と向かい合うことができた、本当に貴重な時間でした。
ここでの経験がなかったら、私はコンサルタントの仮面を被った口だけ男でした(笑)。
もちろん完成形のコンサルタントなどいませんし、自身まだまだレベルアップしなければなりませんが、大きな土台がようやく完成した実感を持っています。
当所の立ち上げは2006年1月ですが、自宅を事務所にしてPCとプリンター・電話・ファクシミリを用意し、WEBサイトを立ち上げれば即仕事ができますので、しばらくは上述のサラリーマンと掛け持ちながら試験的に運営し、タイミングを見て独立し今日に至っています。
当所を立ち上げて以降、お陰さまで少しずつ管理組合より問い合わせを頂くようになり、またテレビや全国紙、業界専門誌などのメディアから取材依頼を頂くようになり、少しずつではありますが、私のマンションに対する考え方や発想・提案などを広くお伝えする機会にも恵まれています。
ここまで、私の経歴をお話ししました。少しでもご理解頂けたら幸いです。
★ここまでは私のキャリアをお話しました。
そして今後の展望については、
◆【代表ご挨拶】
にて続けてお話しますので、是非ご一読下さい。
もし、ここまでお読み頂いても今ひとつご理解いただけなかった方へ、
(文才なく申し訳ない)、
私の経歴と想いとを一言でまとめますと、
「マンションが三度の飯より好き」
ということでご理解下さい(笑)。
これだけの長文、駄文にお付き合い頂き、本当にありがとうございました。
2008年6月30日
メルすみごこち事務所 代表 深山 州